1 Comment

Why Pastors Leave The Ministry | なぜ牧師がやめるのか?


English HERE.     な ぜ牧師がやめるのか? よく挙げられるのは、「他の奉仕がしたい、子供や家族の必要、教会内の対立、教団のリーダー間での対立、疲労や落胆、女性問題、離 婚、夫婦間の問題」等の理由です。しかし「あなたが悪い」と牧師を責める前に、ちょっと考えてみましょう。使徒パウロは言いました。「よく指導の任に当 たっている長老は、二重に尊敬を受けるにふさわしいとしなさい。みことばと教えのためにほねおっている長老は特にそうです」(1テモテ 5:17)。 そして、「長老に対する訴えは、ふたりか三人の証人がなければ、受理してはいけません」(1 テモテ 5:19) と訓戒しています。牧師も私達と同じ普 通の人間です。肉、サタン、この世と葛藤する堕落した人間です。私達と同様、福音に立ち恵みの目をもって牧師を見守るリーダーがサポートし、その成長を助 け、励まさなければなりません。交わりを通して、このようなサポートが与えられる牧師もいます。しかし特に、日本のようにまだ福音が届いていない所では、 全ての牧師にこのようなサポートがある訳ではありません。
私 は救われて以来、神様が会わせて下さった全ての牧師先生に感謝しています。福音のために喜びをもって忍耐し、主にあって労苦しておられる先生方をひたすら 賞賛するのみです。過去10年、私の牧師先生でおられた方がこの記事を読んで下さったら、私が先生方の主にある労苦ゆえ、先生方を愛し、尊敬していること を心に留めて下さいますように。「神は正しい方であって、あなたがたの行ないを忘れず、あなたがたがこれまで聖徒たちに仕え、また今も仕えて神の御名のた めに示したあの愛をお忘れにならないのです」ヘブル610)。私に真理の力を伝え、イエス・キリストの福音の力を注ぎ込んで下さったこと、心から感謝しています。
今これを読んでおられるあなたが牧師であるかどうかにかかわらず、なぜ牧師がやめて行くのか参考になればと願い、具体的な問題を挙げさせて頂きます (9 Marks blogからの引用)。まず米国、それから日本を見てみます。

1.    時間と給与

  • 週に55時間から75時間の勤務 (90%)

  • 奉仕をこなせない (50%)、給与が非常に少ない。(70%)

. 訓練

  • 訓練が足りないため、奉仕をこなせない。 (90%)

  • 実際の奉仕は、奉仕が始まる以前に考えていたのと全く違う。 (90%)

. 健康と福祉

  • 常に鬱との戦い (70%)

  • できればやめたいが、他に生活手段がないと落胆している。(50%)

.  夫婦・家族生活

  • 牧会が家族に良い影響を与えない。(80%)

  • 伴侶である牧師が働き過ぎ (80%)

  • 牧師婦人の80%が、教会員から見放され、感謝されていないと感じている。

教会関係

  • 親友と呼べる人がいない (70%)

  • 少なくとも月一回、信者と大きな対立がある。(40%)

なぜ牧師がやめるのか、一番の理由  教会員が、牧師と同じ方向・目標に向かおうとしない。牧師が、神様が教会にある方向へ進んでほしいと信じている一方、会衆は従わず、変わらない。

6.「寿命」

  • 新しく始められた働きの50%が5年以内に挫折。

  • 10人に一人の牧師が何らかの形で牧会の現場を離れるようと考えている。

  • 毎年4,000新しい教会が建てられ、6,000がなくなる。

  • 昨年は毎月1,700人以上の牧師がやめた。

  • 毎月1,300人以上の牧師が地方教会から解任させられるが、多くの場合、理由がない。

  • 昨年は一日に3,500人以上が教会を離れた。

  • ある調査によれば、キリスト、教会、また家庭におけるアイデンディティーに満足し幸せだという牧師は、ほんの23%

日本はどうでしょうか?

私は2004年に来日しましたが、その一年前の2003年、偶々International Bulletin of Missionary Researchに掲載されている「日本の教会が瀕している危機」という記事を読みました。ここに書かれている状況が、近年大きく変わって来ていれば良いのですが。

次は引用ですが、

「学歴と共に、役職による権威を強調する儒教的なリーダーシップのモデルを求める伝統的なプロテスタントのクリスチャンは、信徒が(教会に)積極的に関わることを良しとしない。このような教会では、ミニストリーは普通「牧師」や「祭司」がするものとされ、信徒には何の責任もない。教職と信徒はハッキリ分けられ、会員は受け身的になりがちである。日本のクリスチャンの態勢がこのまま大きく変らず、信徒が教会のリーダーシップにもっと携わらなければ、プロテスタントの将来がどうなるか、はなはだ疑問である。」

もう一つ引用します。

教会の高齢化は驚くほど進んでおり、恐るべきことです。「控えめに言って、牧師と教会は、日本社会のおよそ2倍のスピードで高齢化している。教会が高齢化する一方、若者の数は激減。1996年、1998年、そして2000年と、30歳以下の教会員は、10%から9%、そして8%に減少。これは、従来牧師を排出して来た年齢層から、2,185人が失われたことを意味する。」

現在 (2011) の統計は分かりませんが、私が2004年に東京基督教大学に入学する一年前の2003年、按手礼を受けた何百人もの牧師が、教会に一人も見当たらないという記事を読みました。

神学教育を受け、按手礼を受けた牧師が一体どこへ言ってしまったのか、具体的な理由は分かりません。その記事にはこう書かれていました。「2003年には228の教会があった。その13%が無牧だった。驚くべきことは、按手礼を受けた542人の牧師が、教会やクリスチャンの団体、どこにも配属されていない。これは全牧師の25%に当たる。」

今これをお読みになっている皆さんが、牧師のいる教会やクリスチャン団体の会員ならば、どうぞ牧師先生に感謝して下さい。牧師は会員の目が届かない所で苦しんでいます。人々が牧師に霊的な養いや励ましを求める一方、牧師は誰にも頼れないのです。聖書的により高い基準を求められ (1 テモテ 3:1-13、タイタス 1:5-9)、苦難に進んで立ち向かう。しかし実際、牧師はロボットではありません。私達と同じ弱い人間で、牧師一人にできることは限られています。分かって下さい  牧師であるよりも、牧師を批判する方が易しいのです。私達は、牧師であることがどういうことか、殆ど、もしくは全く分かっていません。次に、多くの牧師が疲労で憔悴し切ってしまう前に、どんなことで苦しむのか、いくつか例を上げたいと思います (Disciple Makersからの引用)。お読みになった後、皆さんが牧師とその家族のためにどう祈り、仕えることができるか考えてみて下さい。

  • 慢性的な疲労 (肉体の疲労も含めて)
  • 不眠 (夜中に目が覚め、再び眠りにつくことができない。)
  • 集中力がなくなる (仕事が終わらない)。
  • こうしてくれと要求する人達に腹を立てる。
  • そうした要求に甘んじている自分に腹が立つ。
  • 皮肉を言い、否定的になり、いらつく。
  • 攻撃されていると感じる。
  • 些細なことにすぐ腹を立てる。
  • 頭痛や胃痛が頻発。
  • 食欲の変化で体重が増減する。
  • 息切れ
  • イライラがつのる(男性は怒りがち、女性はよく泣く。)
  • 引きこもり
  • 無力感

教会の運営から来る疲労

  • 牧師は一般に、殆ど報われない活動に多くの時間を費やしている。
  • 牧師は運営において、本当に沢山のことをしなければならない – 通信、週報、ニュースレター、ホームページ、様々な活動の総括、必要のないミーティング、ことがきちんと行われるよう気を配り、卒業や洗礼のプレゼント・備品の購入、ミーティングが行われる部屋のセットアップなど。
  • 牧師は手紙、メール(携帯含む)、訪問販売、電話等沢山のことを扱わねばならないが、こういうことは本来の仕事の妨げとなる。
  • 多くの教会では、牧師は多くの責任を与えられているが、権威は殆どない。
  • 教会は組織なので,牧師は終わりのない,しばし意味のないミーティングにいつも出ているように感じている。

家庭内の疲労

  • 夫婦間の争いは、牧師とその配偶者にはよくあることです。現実を超えた期待、足りない予算、夫婦の時間が殆どない、こう言った全てのことから来るストレスが結婚生活をむしばみます。

兄弟姉妹の皆さん、今日皆さんの牧師を愛し、いたわり、感謝して下さい。皆さんがこの問題を考える時、自分の教会が牧師をどう扱っているかお分かりになりますように。そして忠実な牧師が「二重の尊敬」を受けられるよう、他を導けますように。教会全体で、「二重の尊敬」をどのように現して行くか考えて見て下さい。下記に、どうやって感謝を現すことができるか、具体的なヒントがあります。自分でもこれができる、ということを挙げてみて下さい。

  1. 牧師や家族の必要のために特別献金を募る。
  2. どうやって運営の手助けができるか聞く(牧師はいつも、こう言った質問に、感謝です)。
  3. 飛行機の切符を買い、その他の費用を全額負担し、牧師の家族を休暇に送り出す。
  4. 週に一度安息日を取るよう薦める(牧師は平日のみならず、週末も忙しい)。
  5. 素敵なレストランで牧師と牧師婦人にご馳走し、また二人だけの時間を過ごしてもらう。
  6. 独身の姉妹、またお子さんがおられないご婦人の皆さんは(ご主人も協力して)、牧師の子弟を見てあげて下さい(私達夫婦は時々そうさせて頂きますが、牧師夫妻はとても喜んで下さいます。牧師夫妻は二人きりで、ストレスのない環境で自由に話せるのです)。

兄弟たちよ。あなたがたにお願いします。あなたがたの間で労苦し、主にあってあなたがたを指導し、訓戒している人々を認めなさい。その務めのゆえに、愛をもって深い尊敬を払いなさい。お互いの間に平和を保ちなさい。

5:17 よく指導の任に当たっている長老は、二重に尊敬を受けるにふさわしいとしなさい。みことばと教えのためにほねおっている長老は特にそうです。
5:18
聖書に「穀物をこなしている牛に、くつこを掛けてはいけない。」また、「働き手が報酬を受けることは当然である。」と言われているからです。

同じように、主は、福音を宣べ伝える人たちには福音によって生活の資を得るようにと、指示されました。」(第一コリント91314

NOTE: Translated by Miwako Yanagisawa, Associate Professor at Tokyo Christian University.

(訳 東京基督教大学・准教授 柳沢 美和子)

Related article (English only): Pastor & Lay Leadership in Japan. 


Advertisements

One comment on “Why Pastors Leave The Ministry | なぜ牧師がやめるのか?

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s

%d bloggers like this: